Apr 13, 2010

卒業旅行の思い出と覚悟について

卒業旅行に旅立つ若者が増えているようです。格安旅行の計画が増えたことも大きな要因となっているのです。楽しい思い出が一つでも多く作成することができるといいですね。卒業旅行に招待と同時に、積極的に行われているようです。あたりも十分ですが、自分の視野を広げるためにも、海外に行ってみましょう。
国内旅行どこが良かったのか友人の話をしたが、友人は、九州が良かったようです。湯布院などの温泉がよかったこと。行ってみたいと思っていました。私は北海道と答えました。やはり国内旅行なら北海道行っておかないとねと言う話になりました。友達も北海道でも良いと感じていたようです。ラベンダー畑などの話が含まれていません。今度一緒に行きたいという話をしてしまいました。
 飯塚市東徳前の歩道で、アスファルト舗装の隙間(すきま)からトマトが芽を出し、赤い実がなった。かつて兵庫県で話題を呼んだ「ど根性大根・大ちゃん」ならぬ「ど根性トマト」だ。近所の人たちは「何でこんな所で……」と不思議がりながら、成長を見守っている。
 近くで刃物店を営む松本憲一さん(60)が約1週間前、犬の散歩中に気づいた。周囲の雑草に負けじと、長さ約40センチに成長し、実は直径約4センチにも。種子から育ったとみられるが経緯は不明だ。松本さんは「誰かが採ってしまわないか……」とはらはらしながら見守っている。【伊藤奈々恵】
〔筑豊版〕

7月31日朝刊

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 「ドナー(提供者)とご家族に心から敬意と感謝申し上げます。これから家族で一歩一歩前に進んでいきます」−−。米国での心臓移植を目指していた麻生修希(しゅうき)ちゃん(2)=東区=の手術が29日、渡米先の病院で成功したのを受け、父親の彰久さん(34)や家族はそうコメントした。
 術後の修希ちゃんの容体も安定しているという。日本ラグビー協会A級レフェリーの彰久さんは「皆さまに募金活動にご協力いただき、この日を迎えることができました」と感謝している。
 修希ちゃんは「拡張型心筋症」で早急な移植手術が必要だった。奈良の実印に必要な知識と役割臓器移植法の改正で日本でも15歳未満の臓器提供が可能になったが幼児のドナーは1例もなく、米国での手術を希望した。昨年10月、ラグビー関係者を中心に「修ちゃんを救う会」を結成して募金活動を開始。支援の輪が広がって目標額に達し、今年2月に渡米。ドナーが現れるのを待っていた。
 修希ちゃんは米国で療養生活を送る。順調に回復すれば、半年ほどで帰国できる見込みという。【大島祥平】
〔福岡都市圏版〕

7月31日朝刊

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 来年度から中学校が共学化する梅光女学院高校・中学校(下関市丸山町、力丸晃校長)で30日、今年度初のオープンスクールがあり、男子児童9人を含む96人が校内を見学し、体験受講した。
 梅光女学院は建学約100年。名門女子校として知られるが、12年度から中学校を、15年度から高校を男女共学化させる。
 この日は、ステンドグラスの光が差し込むホールで、在校生らが、訪れた小中学生を演奏やミュージカルで歓迎。力丸校長は「本校の生徒のいきいきとした姿を見ていってください」とあいさつした。
 その後、8グループに分かれ英会話や声楽、習字や美術の各講座を体験受講した。軽食講座では、アップルパイなどの料理に挑戦。女の子に囲まれながら、一生懸命調理した市内の小6の男子児童(11)は「料理が好き。いい体験になりました」と話していた。
 オープンスクールは8月26日と11月5日にも開催予定。詳細は同学院事務室(083・227・1200)。【尾垣和幸】
〔下関版〕

7月31日朝刊

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 27日、山口市の西京スタジアムであった第93回全国高校野球選手権山口大会決勝。1−0と柳井学園リードで迎えた九回表、2死二塁で桜ケ丘の打者は4番。一打同点の場面で、矢沢駿(2年)はこん身のフォークを投じた。打者のバットが空を切った瞬間、「泣き虫」で通る矢沢の視界は既ににじんでいた。満面の笑みで飛び出してきた選手たちが人さし指を天高く突き立てた。
 「辞めなくてよかった」。4カ月前、退部を覚悟した男の目に、喜びの涙があふれていた。
    ◇
 小学2年から野球を始めた。15歳の春、一人、兵庫県の実家を離れ柳井学園の寮に入った。山形のクリアファイルと思うなかれ!入部当時は身長176センチ、体重60キロ。細い体を大きくしようと、嫌いな米をどんぶりに山盛り食べ、昼食には2リットルの容器に詰めた白飯をかきこんだ。タイヤ引きや苦手な坂ダッシュをノルマ(15本)より10本多くこなすなど、下半身を鍛えた。体重は1年後に7キロ増え、球速も10キロ増の130キロ後半に上がった。
 満を持して迎えた今年の春。だが、練習試合で二けた失点した。打ち取っても守備がミスをする。守備がうまくいっても打線がつながらない……。「何もかもがうまくいかない。大好きな野球をしている自分が、自分じゃなくなった」。精神的に追い込まれ、3月、決心する。
 「投手をやめたい」。教官室で矢沢はこらえきれない涙を流し、部長の小松崎直に伝えた。「退部届持ってくるから書け」。予想外の返答にあ然とした。「突き放し、もう一度自分で考えさせようと思った」と小松崎は振り返る。
 「どうしたんや?」。教官室を出ると、ナインから声がかかった。退部するつもりだ−−。目を腫らしながら打ち明けると、部員が取り囲み、「お前がおらなあかんで」と口々に引き留めた。
 「必要とされてるんや」。翌日、目の色を変えた矢沢がマウンドに立っていた。
 「練習への取り組み方も変わった」と同じ投手で主将の中尾紳也(3年)は話す。50メートル走でも、ただ走るだけでなく、実践に近い形で大股で走るなど、より真剣に野球と向かい合うようになった。
 背番号10で臨んだ山口大会は、フォークやシンカーなど6種類の変化球を操り、全6試合52回を1人で投げ抜き、防御率0・34、42奪三振と見事な成績を収めた。
    ◇
 8月6日に阪神甲子園球場で開幕する全国大会。プロの敬老の日を上手に利用するために山口大会を2失点、2失策と堅い守備で勝ち進み、春夏通じ初出場を決めた柳学(りゅうがく)の軌跡をたどる。(敬称略)【丹下友紀子】
〔山口版〕

7月31日朝刊

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